整理しています。

父が逝って、やっと3週間が過ぎようとしています。
長いような、短いような日々です。でも日々は、過ぎていきますね。

父は、生前から結構整理好きというか、同居していた時も結構物を捨てていた気がします。
ただ、アパートへ出た時にそれでも荷物というものは、あるのだなと思ったものでした。そして母が亡くなってからケアハウスへ入居する時には、また家具を捨てたりしていました。その引っ越しの時に私も息子も手伝っていました。

亡くなった後、ケアハウスを死亡により退去ということになり、一応早めに中の物を運び出さなければならなくなりました。父の居た部屋は、1LDKという感じでドアを開けて入ると小さな洗面台、小さな簡易キッチンが並び、通路の反対側がトイレになっていました。通路の門にタンスがあり、これは、新しく買ったものでしたが、キッチン等が並んでいる左側の一番奥に昔からのタンスがありました。通路を行くと南側にスペースが有り、そこに父は、ベッドを置いていました。
父が亡くなった後、直ぐに必要な書類とか、整理を始めなければならなかったのでした。なんとも悲しいものでした。

整理をしていくと、やはりいろいろとあるものが乱雑に置いたりしてありました。やはり父が老化が進んでいたのを感じました。それになかなか気づけない私でした。否、気づきたくなかったのかと思いました。
父の遺品整理は、結構早く終わったと思います。服は、リサイクルへ家具は、丁度新年度の引っ越しなどと重なったのでリサイクル屋さんが引き取ってくれないので解体して破棄しました。電化製品もリサイクルへ。冷蔵庫とレンジがケアハウスへ移る時に買ったものでした。
なんとバイクが残っていてこれは私も引き取った後、廃車して買い取ってもらいました。

今日何となくYutubeでゴミ屋敷の片付けを行う業者さんのを見ていました。亡くなった後の整理みたいのもあり、それを見ると父は、まだしっかりとしていたほうだったのだなと思いました。
その後、私も自分の部屋を久々に大掃除、不要と思われるものを一杯捨てることにしました。なんか、掃除をすると気持ちいいですね。そして気持ちの整理もつく気がしました。

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# by gabbyna | 2018-04-07 22:24 | 日々のこと | Comments(2)

別れの時

春は、旅立ちの時。
人生の中には、いろんな旅立ちの時があり、別れの時があります。
嬉しい旅立ちと別れもあれば、悲しい旅立ちを見送る別れもあります。
そして今回、私は、悲しい旅立ちを見送る別れの時にいます。

私の父がこの世から旅立っていってしまいました。それは、突然に来ました。
それは、普通の土曜日の朝、今日も休みだが他の仕事もあるなぁと思っていた時にかかってきた兄からの電話。
久々の兄の声は、ぶっきらぼうでした。そして告げられたのは、「父が亡くなった。。。。」という言葉でした。
父は、去年母が亡くなってからケアハウスに移り住んでいました。同年代の人々がいるし、私と母のことで対立したりして、余り私と話さなかったし、そこへ入るのを決めたのも父自身でした。
一人の人が住める居住スペース、そこにトイレも風呂もあり、大きな共同のお風呂もあるようでした。食事も3食食べれるからもう炊事をしなくてもいいんだけど、小さなキッチンもついていました。
私は、そこへ行くことは、なかったのですが、息子が時々行っていました。彼には、凄く感謝しています。

父は、車を運転したがっていたのですが、老人の運転事故が多くなってきているので返納を勧めたのですが、遂に返納をせずに逝きました。
車は、売ってもバイクを買って乗っていたのを息子から聞いてビックリしていました。そのうち会って話をしたいなと思っていました。

それが夜中にトイレに行った後、脳出血をおこして倒れてそのまま逝ってしまいました。朝、朝食に降りてこない父を職員さんが見に行ってくれて倒れているのを発見、救急と私達に連絡が来たのでした。

着いた時に見せもらった父は、床の上に横になっていました。触ることができなかったので(検視などが済まないと駄目とかで。)入り口から観ていたのですが、寝ているようでもあり、外傷がないのですからとても不可思議でした。その後警察の検察、検視を経て、協力医の検視で原因が分かりました。長かったです。
昨日まで行きていた父、なんで電話しなかったんだろう、なんで買い物や食事に誘わなかったんだろうなど、後悔が湯水のように湧いて悲しさを増しています。悲しいです。でも仕方ないです。
最後までしっかりとした父のイメージを崩すことなく、逝ってしまいました。いつも自分でなんでもできる人でした。そしていつも自分が正しい人でした。大体において正しいけど、私をいつまでも子供みたいに思って居たみたいでした。他人には、違うよう言っていたみたいですが、私に対しては、父と子、優劣というスタンスをいつまでも変えなかったです。

私と兄でお葬式を頼み、斎場の方へ遺体を運んで少し日数が空くのですが、預かって安置しておいていただいています。
母が亡くなってその時に後を追っていかないかしら??と皆で心配していたのですが、1年ちょっととは、やはり早すぎます。
家に来なくても家のご近所の人達には、会いに来ていたらしく、この間あったばかりなのに。。。とお知らせをしていくと皆さんに言っていただきました。
思いは、凄く残りますが、それを抱えて生きていかなければならないのですよ、人生は、辛いですね。
明後日、見送りです。辛いですねぇ。でも頑張ります。

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# by gabbyna | 2018-03-19 23:23 | カトリックのつぶやき | Comments(2)

旅行の計画中

さて、今年も一応、当分一年に一度、海外へ逃げるという計画を立てております。
多分長年海外に住んだりしてきた人は、日本の中に戻ると何かしら息苦しさをかんじるのではないでしょうか??私は、それを感じます。
去年は、ビザの関係であちらへ戻り、その後念願のフランスへ飛んでいけました。ここでもつながっているお友達のところへもお邪魔できたり、他の友達にも会えたり、とても楽しかったです。フランス語が出来ないとフランスでは、結構辛いなと思ったのも事実でしたが、概ね、何とか切り抜けれました。

ということで今年は、アノ!国へ行こうと思い立ちました。
当初、ちょっとした長短期語学留学的にやってみたいと思ったのですが、職場の都合でそうもいかないことが発覚。(上司の異動などがあり、融通が効かなくなりました。)

なので計画を練り直し、ツァーで行くことも考えたのですが、う~ん、お値段もよろしいし、プランを作ってもらうのも結構なお値段を設定してくるし。。。。。。。
ということで結局自分であれこれと手配をしてみました。
去年とあまり変化がないってことですかね。セレブな旅は、やはり縁遠い私です。

一応、チケットとホテルを押さえました。後は、イベントも抑えてみようかと。。。。(笑)
あちらで友達と会いたいと思って事前にちょっと連絡をして、固まったので連絡をしてみたのですが、返事がない。。。。(苦笑)
駄目なら駄目って返事をくれればいいのに、なんでかなぁ121.png まぁ返事を気長に待ちましょう。(でもその間に行ってしまったりしてね。)

仕事のストレスもこれで発散だ!それを楽しみにしながら日々の仕事に耐えてがんばります!

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# by gabbyna | 2018-03-13 21:38 | 旅行、trip etc.... | Comments(2)

2018ですね、そして2月

2018年、始めての書き込みになるんですね。なんか、既に書いた気がしていました。

毎日忙しく、家の用事と仕事の往復で充実していると思います。そして気づけば、2月。母の一周忌が過ぎました。
この一年、長かったなぁとシミジミと思いました。

母の死が突然訪れて、居なくなったのですが、なんというか、母の思いがもうこの世に残っていないのだなぁと時々思います。
今も時々ふっと思うと悲しくなるのですが、母からの何かしらの思いの波というか、そんな感じを全く感じてないので、ああきっと母は、今空の上で満足しているのだろうなぁと思えているのです。それは、後年母の状態が辛かった時期があったので良かったなぁと思えるのです。
そしてこの時期、去年も凄く寒かったけど、今年も寒く、寒いと何故か、母を思い出すのです。こんな寒さだったなぁと思えます。

そして、きっとこの寒さを乗り越えると春が訪れてくれるはず、それを楽しみにして日々を過ごしています。

今月は、また外国から友達が日本へ一時帰国してくれて会う予定になっています。楽しみです。

そして今年のプロジェクトも遅々としながらも準備を開始しています。自分の為に頑張ります。

遅めですが、今年もよろしくお願いします。

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# by gabbyna | 2018-02-18 22:16 | 日々のこと | Comments(2)

約束のうなぎ

もう11月も終わり、毎日バタバタと日々が過ぎていきます。

この11月は、2組の友達が私の街へ遊びに来てくれました。
一人は、関西に住んでいる友達、去年も来てくれました。ちょっと時間が少なくて夕飯を一緒にしてお話して終わったので次回は、ちょっとしたイベントに合わせてくるよということになり、彼女も忙しい人なのでお別れしました。

もう一組が、今年ドイツでお世話になった私の友達夫婦、新婚さんです!
ドイツで一杯お世話になった時に日本へ来たら「うなぎ」を食べさせますからね!」と約束していたのですが、11月に旦那さんの仕事の関係で日本へ来ることになりそれにかこつけてちょっと里帰り、そして日本を少し旅して帰って行ったのですが、最後の方に約束通り、きてくれました。
市内観光ですが余り広く回れなかったのですが、私の市にある湖を周り、ついでに遊覧船に載せてみました。当初は、余り乗り気でなかったのですが、以外にこれが受けました。お天気もまぁまぁそしてあまり寒くもなかったのが良かったのか、夕焼けの空などを見て感激してくれていました。
そして夕食、約束のうなぎを食べていただきました。なんとか完食!奥さんのほうが里帰りで一杯美味しいものを食べすぎて居たせいか、うなぎチャレンジはなしで天ぷら定食となりました。うなぎボーンというビールのアテがあるのですが、(うなぎをあげたもの)それを美味しいと食べていたら小骨が喉に残っていると大騒ぎになった落ちまであって楽しい時間を過ごせました。
楽しい時間は、すぐ過ぎてその日泊まるホテルに送っていき、別れました。翌朝最後の旅行先へ行ってその週末にドイツへ戻っていきました。

次回は、またドイツへ行って会いたいなぁと思いました。

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# by gabbyna | 2017-11-26 13:38 | 友達 | Comments(0)

2年ぶりの再会

旦那が日本へやってきたのは、私が、ビザの関係でブラジルへ飛ぶ少し前だった。でも私の住んでいる場所から遠いので会うこともなく、私は、ブラジルへ行き、フランスを巡るという自分のやりたい旅を楽しんで帰ってきた。
その後も彼から電話でのやり取りは、あったものの、自分からそっちへ出かけていくことは、していなかった。なにせ遠いし、会いに行くにも時間もお金もかかる。
旅行を終えたばかりの私には、そんな余裕もなかった。

そして8月の終わり頃、旦那が私の住んでいる隣の市へ移ってきた。以前私達が住んでいた隣の市には、彼の友達も結構残って定住化しているので彼への援助をすごくしてくれているようだ。
私は、彼が引っ越しをしてもすぐには、会いに行かなかった。私も現在の状況では、忙しすぎて会いに行く時間を作るのも結構大変だったからだ。

その後彼は、近くなったからと言ってまた電話をしてきた、なのでその時にはっきりと自分が今後ブラジルへ戻る気もないこと、もうあの家に帰る気持ちもないし、あなたと一緒に住むこともないだろうということをはっきりと伝えた。それでも彼は、私を助けると言った。資金的な援助をまずしてくれるということだったのだが、彼も彼なりの借金(ブラジルの家の修理代とか、こちらへ来る費用とか。)が、あってそれが終わってからということだった。

一応、会えそうな時間が出来たので息子と一緒に会いに行った。当初、日曜日にということだったのだが、日曜は、サッカーをするので土曜にしてくれということで変えた。まぁそういうところは、全く変わってないのだ。そして私が車で彼の住んでいる市へ出かけていった。久々にあった彼は、凄く老けていた気がした。彼は、私よりも年が若いのだが、なんか凄く老けたなぁというのが第一印象だった。まぁ私も老けているんだなってことなんだけれどもね。
その日は、3時間ぐらい一緒だったかもしれない、彼の住んでいる近くのショッピングセンターで食事をして買い物して、帰ってきた。

で、その時思ったのは、会うのは、1ヶ月に一度で十分だなということ。結局、こちらに来たら私があれこれと助けるのは、変わりがないということ。まぁそれを真面目にやる気が失せているから仕方ない。
卒婚という方式があるとわかった今、私はそれを目指したいなと思っている。別々に住んでお互いの様子を時々見るというのが今の私たちには、いいのかもしれない。


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# by gabbyna | 2017-10-28 20:04 | Comments(2)

気づくと秋

以前のエントリーを書いてから既に2ヶ月近く、何も書いてなかったことに気づきました。
暑い夏を乗り越えて、既に秋になっております。相変わらず、仕事に家の用事に奔走しています。

6月に旅行へ行ったことが既に去年のような感覚を覚えてしまうくらいの日々の忙しさです。でもこういう仕事ができるのって幸せだなと改めて思いながら日々過ごしています。そんな日々を支えているのがやはり好きな本や音楽です。以前向こうにもっていったCDなどが手元に戻ってきてないので少しづつ買い戻しています。まぁ私の好きな音楽というのは、基本的に外国ものなので輸入盤を探すわけです。でもオムニバス形式のCDは、なかなか探すのが大変だったりします。でも見つけたときの喜びは、ないですね。でもって以前聞いていたいた筈なのに気づかなかった他の曲に強烈に惹かれたりします。
今回の再発見のような曲がこちら, DalidaのRendez-vous au Lavandou。
Dalidaさん、この方、名前は聞いたことがあった気がしましたが、既に亡くなっていらっしゃったのですね。ちょっと残念ですね。この時代の歌手は、今の時代よりも大変だったのかなぁと思ったりしました。

多分フランスへ行ったのでフランス語が気になっているのかもしれませんね。でもこういう声が好きな私には、心に響いてきました。
この時代の人の声って結構いい声が多い気がします。
フランスを思い出しながら聞いたりしています。

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# by gabbyna | 2017-09-22 23:46 | favorite 女性Singer | Comments(0)

弾丸ツァー ヲの5 パリからフランクフルトへ

前回をエントリーしてから大分日がたってしまいました。この間、疲れで寝込んでしまったり、仕事で忙殺されておりました。
早いところ、旅の話を書いてしまいたいと思います。

翌日、パリに出かけました。スーツケースを持ってフランスの国鉄に乗り、そしてメトロを乗り継ぎ、無事にオペラ座の近くの旅ステーションへ行きました。
その前にメトロに乗り次ぐ前にTGVのチケットの売り場で朝のドイツ行きの電車の時間変更をしました。前回のリール行きで乗り遅れをしたのでそんなことがない時間帯を選び直し、きちんと手続きが出来ました。友達が居てくれたのでやっぱりそこは、助かりました。
メトロの乗りつぎや、オペラ座へ出る辺りの出方など、今回は、しっかりとポイントをチェック、そして次回一人でも歩けるようにしておかねばと、いろんなポイントの写真を取りました。
スーツケースを無事に預けて、そこから本当にパリ観光が始まりました。美味しいお店でのタパスでのランチ、一杯食べてその後あるかなきゃと思ったので真剣でした。その日は、教会めぐりというか、パリのマドレーヌ寺院や奇跡のメダイ教会、サンシェルビス教会もめぐり、サンジェルマン・デ・プレ教会も散策、美味しいカフェも味わい、左岸のエルメスのお店やユニクロやスーパーなどを見てから家路につきました。夜は、彼女が作ってくれたガレットなどを食べてで満足して就寝。
そして翌日は、朝彼女の村のパン屋さんでできたてのクロワッサンを買い、食べてからカルチェ・ラタン方面へ行きました。バスとメトロであちこち周り、そして一杯あるき回りました。カルチェラタンの丘は、すごい人出いっぱいで教会も同じでした。その後ランチを食べてから念願のセーヌ川のクルーズに行きました。これをしたかったんだなぁ、私は。そして旅行客で一杯のエッフェル塔は、近くで眺め、他の場所も色々と見れました。暑かったのでなるべく外の風に当たられる場所に居て観光をしました。
その後ノートルダム寺院を見て、彼女の家に向かいました。大分遅くなったのですが、彼女のご主人もいて、最後の夜は、彼女の料理とチーズとワインで終わりました。

そして翌日、私は、彼女のスーツケースを借りて残りの荷物を詰めて、一緒に家を出ました。彼女は、出勤私は、ドイツへ向かいます。東駅で彼女と別れ、今回は、無事にTGVに乗ることが出来ました。やれやれ~~~。
そして何とかフランクフルトに住んでいる私の元生徒の友達と連絡を取り、彼女が駅まで迎えに来てくれて、しっかりと再会が出来たのでした。
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# by gabbyna | 2017-07-29 16:30 | 旅行、trip etc.... | Comments(0)

弾丸ツァー その4 リールから再びパリへ

リールには、2泊3日の滞在でした。修道院に泊まるということを普通の人たちは、体験しないと思います。私は、カトリックであるし、学生時代から修道院が近くにあり、黙想ということもしていたので割りと平気なのですが、お祈りとか決められた時間などがあるので普通の方は、楽しくないかもしれません。修道士、修道女は、その所属する修道院に誓いを立てて、そこに属して暮らしています。その修道院が観想修道会ならそこに定住しています。活動修道会なら各地にある活動場所に出向いていきますが、基本的には、付随する修道会の中で生活をしています。私の友達は、私の母校の修道会に入ったのですが、我が母校の修道会は、もう日本での教育活動を撤退したので彼女は、フランスの本部に移ったのでした。彼女のいる修道院は、古く趣がありますが、そこはやはり古いゆえのいろんな不便が起こります。
泊めて貰った来客用の部屋は、2人用、一人用の部屋がリフォーム中で使えず、非常に大きい部屋でした。そこは、ハリー・ポッターの学校みたいでいかにも何かでそうな雰囲気でした。部屋の天井は、以上に高く、ドアは重く、トイレ・シャワーは、廊下を出て階段の手前を入っていくというこれまた夜は、肝試しみたいな感じでした。
友達と会える時間も決まっていましたが、一緒に散歩へ出かけたり、町中まで歩いたりとゆっくりした時間が過ごせました。幸いにもラジオを持っていたのでほぼ理解不能なフランス語のFM放送を聞いていました。そして念願のミサに与り、(これも全部フランス語ああ。。)母のことを祈ってこれました。最後の日は、ランチを食べて、タクシーを予約していたのでLille Europeの駅へ送ってもらいました。次に彼女に会えるのは、いつでしょうか?!

Lille Europe駅は、大きな駅でインフォメーションのおじさんの英語が解りにくかったので近くにいたアジア人女性に声をかけたら中国人でしたが非常に綺麗な英語を喋る方で丁寧に教えてくれました。時間があったのでジュースとか買い込んで来たTGVに乗れました。そしてパリへ戻っていったのです。今度は、メトロに乗り無事にオペラ座に。しかし、ここでもやはり方向を間違えて彼女と待ち合わせのスタバに行けず、別の場所のスタバで待っていました。パリは、中国人が多かったですね。
彼女の生活圏であるスーパーに連れて行ってもらったりして夜は、楽しくお喋りをしてから眠りました。夜中に私の寝ているベッドに彼女の猫が乱入するという珍事件もありました。
さて、旅も後半戦、私は、2日後には、友達のいるフランクフルトへも行くつもりだったので大きなスーツケースを何処かに置いて行きたかったのですが、どこがいいのか探していたらオペラ座の近くに「旅ステーション」という店舗があり、空港への送迎サービスとか、スーツケースの預かりをするというのがわかりました。
なので土曜日の朝確認をしてもし預かってもらえるのなら土曜から帰る日まで預けてそこから空港へ送ってもおうということになりました。
翌朝彼女と彼女のいる村のパン屋さんへパンを買いに行きました。その日は、フリーマーケットが開催されていて賑わっていましたが、日本なら絶対に売れないであろうボロボロのものなども置いてあって誰が買うのかね~などと思いながらその中を歩き、パン屋さんへ。ここで買ったクロワッサンやバゲットは、やはり焼き立ては美味しかったです。
食事後、電話でお店に確認して希望通りのサービスを受けれそうだと分かり、スーツケースにもう使わないものとか、お土産を詰めてパリへ行くことになりました。


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# by gabbyna | 2017-06-23 23:13 | 旅行、trip etc.... | Comments(2)

弾丸ツァー その3 パリからリールへ

ロワシーバスでオペラ座に向かう私。凄く不安でもあるし、本当に危なくないのか?という気持ちが沸き上がった。が、いきなり大雨が降り出し、つく頃には、雨はやんでいたけれど、ちょっと不安な気持ちに少し重さがました気がした。でも街な中へ入っていった時ああ、パリだなぁと思える町並みで凄く嬉しくなってきた。
バス停に着く頃には、なんとなく元気になったのだが降りてみたらあれ??いないじゃないの。ということでどうしたものか?悩みながらキョロキョロと見回したら、別の日本人女性がバス停についている地図を食い入るように見ているのがわかった。話しかけてみたらホテルの場所がわからないということで一緒に友達を待ち、彼女に確認してもらおうということになったら友だちがやってきた。スマホをあっさりと使いこなしている姿を見てああ、本当にフランスに住んでいる人だなぁと友達を再認識した。
で、その方とも別れ、私たちは、彼女の家へ行くべくメトロに載った。そして東駅で国鉄に乗り換えて彼女の家へ。着いた駅は、ほぼ無人。駐車場から車でカッとばして彼女の家へ。雰囲気のある家、周りの木々、草花。本当に素敵でした。でも時差ボケもあり、私は、翌日一人でLilleにTGVでいく予定だったので早めに寝かせてもらいました。
翌日、北駅へ行かなければならない私。一応彼女と彼女の職場近くのオペラ座にまた向かい、ちょっとスタバに入って充電したりしてメトロにまた乗るべく地下へ。ところが初めてのおのぼりさんは、駅で勘違いして反対側へ移動したり、大慌てで戻ってきたり、メトロは、途中でストップしたり・ということで見事に乗り遅れまいした。
再購入するためにチケットセンターで購入したのですが、これが凄く遅い!列で待っている人が30人ぐらいいるのに、開いている窓口は、2つ、20分後にやっと4つになり、後10分もない次の列車のチケットを買って電車に飛び乗りました。電車自体は、そんなに汚くもなかったのですが、ついた駅から友達のところまで行くバスを探すのに結構苦労しました。地図が解りにくいのとやはりフランス語じゃないと~って感じでした。ちょっと知り合った女の子にバスの支払い方法を教えてもらい、なんとか目的地についた下車したのだが、待っているはずの友だちがいない。どちらへ行こうかと思って悩むことしばし、反対側にいる大人の女性を見つけて手帳に書いてあった修道院
の住所を見せたら身振り手振りで教えてくれた。道なりに歩いていったら看板が見えて、その中へ入っていったのでした。
たどり着いたのは、友達の住む修道院でした。
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昔は、伯爵などの狩猟のためのお屋敷だったそうです。広く古く、歴史を感じたのでした。

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# by gabbyna | 2017-06-22 23:23 | Comments(0)

いろんな思うこと、あれこれと。。。。。


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