親への思い。

気づけば、何時も親という大きな木の庇護かで自分は、好きなように育ってきたと思います。
家は、そんなに裕福ではないので、いつも忙しい両親の元、それでも好きなように育ってきたと思います。

親というものは、何時までも元気でいてくれるものと、心のどこかで思っていた自分がいました。気づけば、自分が親となり、親は、どんどん年老いて着ていました。
それを思い知る現実が、母が認知症でした。年毎にどんどん悪化していく母、私という存在をはっきりと認識しなくなったものの、それでも娘という、特別な何かが解るだけの感覚は、残っていたもので今年の里帰りの折も母は、泣きながら「遅かったじゃないの?!何処へ行っていたの。。。」とまるで小学生の私を怒るような口ぶりで言ったのでした。
幼児化していく母をどうしても受け止め切れない自分がいました。でも私が何かを言うと喜び、食事を作れば喜び、どんどん単純化していく母を見ていると近くにいて、援助が出来ない自分がどうしようもなく後ろめたく、また悪いと思う気持ちが強くなってきました。
気持ちは、強く傍で親を援助したいと思えど、現実は、そうもいかない、海外に住む人には、共通の思いがあるかと思います。

昨日、息子が電話してきました。今回、彼が電話で一番先に言ったのは、「ママ、悪い知らせなんだけど、落ち着いて聞いてね。」でした。それは、母の入院、そして手術を行うという話でした。

すぐにでも飛んで帰りたいけれど、帰ったばかりで今またすぐ帰るわけにもいかず、兎に角、しばらく様子を見ようということに気持ちを落ち着けました。
旦那さんに話をして、彼も心配してくれるのですが、やはり直に行くことは、厳しいかなということでした。
今は、手術が上手く行き、その後のリハビリが上手くいくことを願い、祈るばかりです。
by gabbyna | 2011-06-21 11:19 | 日々のこと

いろんな思うこと、あれこれと。。。。。


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