カテゴリ:友達( 8 )

ちょっとお別れ

私がこちらで頼りにしている友達のKさん、既に在歴16年近くになるそうです。そんな彼女がやっと日本へ里帰りを10年ぶりにします。今月の29日にこちらを出発してイギリス経由で帰ります。

10年ぶりの日本ってどう感じるのでしょうね?!私は、最初に日本へ帰ってのがこちらへ着てから5年近くになろうとしていた時でした。そんな私ですら、いろいろな違いに結構戸惑ったものでした。それから2年おきに帰っているのですが、やっぱり微妙なずれを感じます。
前回帰った時は、子供連れだったそうですが、今回は、一人でのんびりしてきたいということです。彼女も子育てが一段落、子供達も自分達のすることがあるので彼女一人で帰れるというわけです。

今日、出発する前の挨拶に来てくれました。ブラジル人の挨拶は、HugとKissなのですが、流石にKissは、しませんが、凄い勢いでHugをしてくる彼女。このモーションは、きっと日本人的じゃなくなっているだろうって時々思います。
彼女が日本へ行って、この挨拶をしないようにきをつけないとと話したことを思い出します。まぁ今は、日本もHugしてもいいんですよね?!(我が息子は、余り嬉しがらなかったなぁ。)

しかし、彼女がいない1ヵ月半は、ちょっと寂しいなぁって思います。彼女は、私がいない2ヶ月間は、寂しかったといいました。(でも仕事がありますからね。)

大切な家族がいてもやっぱり心を許して話し合える、大切な友達が、必要だよと彼女と意見が一致しました。
そう、やっぱり女子会、必要です。

大切な友達がいなくなったのですが、出来たら久々にサンパウロの友達などに会いに行きたいなぁと思いました。
[PR]
by gabbyna | 2011-05-27 12:17 | 友達 | Comments(3)

季節の頼り

前にも書きましたが、私自身は、年賀状を書かなくなって早?年となります。理由は、やはりあれこれとありますが、今は、日本に居ないって言うことが一番大きな動機かもしれません。(単に面倒とかもあり・・・)

ところがこんな私の友達の中には、毎年きちんと年賀状をくれる人たちが居ます。本当にありがたいことです。

以前は、郵便物が紛失したり、壊れたりして届いたりしたことがありましたが、最近では、そういうこともなくなってきました。が、普通郵便、特にはがきは、遅れます。通常14日となっていますが、はがきの印を見るとそれよりもまだまだ遅いような気がします。

それでもクリスマスにあわせてくれたり、お正月にあわせてくれたりする友達達の気配りに忘れていた季節感を少し思い出させてもらえます。

今年は、例年よりもなんか増えた気がしました。
毎年、アメリカから欠かさずカードを送ってくれる友達、カードに載っている友達の子供達の成長が我がことのように嬉しく感じます。あんな子供だと思っていた子たちが今では、すっかりと若い女性になっていたり、いい少年に育っていたりすると友達の奮闘振りを思います。そんな友達を思うと自分も頑張らなきゃと思ったりもします。

ご主人の仕事でアフリカへ赴任した友達のカードは、小さな家族がしっかりと増えていて、私的にいうと、凄く不安定な国で生活をしている彼女達の頑張りに、小さな不安を何時も感じながらも、小さな家族をしっかりと守っている彼女の成長降りに年月を感じたりしました。私の中では、何時も若い彼女です。

そしてフランスの友達からのカード、簡単にメールなどが出来ない彼女のカードこそ、郵便の醍醐味だなぁと何時も思うものです。

そして最近ちょっと増えたのは、E-card、メールに添付してくれたのを読むのもこれまた楽しいものです。

私ももう少し筆まめにカードを書くようにしたいものですが、やはりメールの手軽さには、かないません。せめてE-cardを書くようにしましょう。

しかし、郵便がまだ確実に届かなく国(友達の住んでいるアフリカの国など)もあるのだと改めて思って、出来る限りの手段で彼女達と繋がっていたいと改めて思いました。
[PR]
by gabbyna | 2011-01-20 11:22 | 友達 | Comments(2)

帰っていく友達

この間、こちらで唯二の日本人友達の一人であるYちゃんとランチをした。彼女と知り合って早5年たってしまったことに気づいてびっくり、ほんと、月日のたつのは、早いものだとしみじみしてしまった。
というのも彼女とご主人は、来年の1月末ごろに日本へ帰任することになったと聞いたからです。

海外在住の仕方には、私のような永住組みと駐在さんで来て滞在するタイプと学生とか会社とかの関係でいる人たちがいる。
私のような旦那さんがこっちの人という設定は、もれなく!家族や親戚がついてくるので嫌でも当地の社会に強引に引き釣り込まれるし、根を下ろさないと生活をしていけない。駐在さん家族も同じなのだが、駐在さんの生活には、いろんな制約が伴うことが多い。それを私は、この土地でないけれど、この国に住んでいるほかの友達の家族の様子を聞いたりして知っている。
収入の面では、やはり羨ましいと思える部分があるけれど、日本の会社の妙なルールに縛られて、奥さん達が四苦八苦している様子を聞くと何も楽なことは、ないよなぁと思うのである。奥さん達の会とか、こちらの会社での付合いもあるようだし、奥さんが引っ張り出されることも多々合っただろうと思う。
海外へ出てまで縦社会のルールが適用され、実際の現地に沿わないようなことが平気でまかり通るのも日本の社会ルールの不思議なところである。

兎に角、私のような永住組みにとっては、この土地にいる数少ない日本人友達、やはり帰任とかで日本へ「帰られる」のは、とても寂しいことなのです。もちろんそのお友達達だって、きっと、先に帰っていく仲間を見送ることを何度もしたのは、やはり辛かったんじゃないかと思うのです。やっと日本へ帰れるという感慨は、どのものだろうと察するのです。

昔、某有名会社で働いていた時にそういう海外担当の部署に居たのだけれど、一旦海外駐在に回ると、悪く言えば、海外回りになってしまうと言っていた。つまり慣れた人たちをそういう海外からまた海外に置くということですね。

彼女のここでの生活は、今後の彼女の生活に豊かさをもたらすものになったらいいなと思います、そして知り合えたことを凄く感謝するものです。こんな地球の反対側で知り合えたのも、何かの縁でしょうから今後も大切にしていけたらと思います。日本に里帰りできたら会いましょうね。

さて、残りの少ないデートを楽しみにしていますよ~~~。

ここでサバイバルできたんだから次が何処の国でも大丈夫だろうなぁ~~?!
[PR]
by gabbyna | 2010-11-23 11:44 | 友達 | Comments(3)

3年ぶりの再会

彼女は、およそ4年前に某団体から派遣されて、こちらへやってきて働いていました。2年間の赴任期間、職場は、あまり治安のよくない、低所得者層が住む地域に近い場所で働いていたのでした。

20代も前半の若い女性がそこに来たというのは、まったく以外というか、なんでそんな地域に送ってくるんだろう??とその機関に疑問を持ったものです。
現地視察とかしているのかな??とか、実際にどのように必要とされているのかの実態を把握しているのかとかなどと現地の生活などを知るにつけ、日本で有名なその組織がどのような意図でこちらへボランティアを送るのか??理解に苦しむ部部が多かったのは、事実です。
名目は、はっきりしているものの、それが本当に必要なのか??お金の援助だけでいいけど、その為に人も必要としなければならないとか、本当に矛盾する話を聞いたものです。
発展途上国の支援、確かにこの国は、低所得者層と富裕層の差が激しすぎるもので派遣する必然性は、あるように思えますが、なんか無駄な費用を送っているという気もするものです。
事業仕分けの対象にならないのかしら??って思う部分もあります。
彼女は、飄々とその仕事をこなして、みなに愛されて帰国していきました。そしてあれから3年がたちました。
そして3年たって彼女は、彼女を愛してくれた人がいる場所へ里帰りをしてきました。
私には、驚きのことでした。
その勤務した場所へ里帰りしてそこに滞在して生活する、何せ、危ない場所ですからね。
彼女の勇気に関心したものでした。。

そんな彼女ともう一人のこちらのお友達Kさんと3人でサンパウロへ行き、思いっきりおしゃべりとショッピングをしてきた一日でした。
いろんな話をして、いろんなものを見て、買いたいものを買って満足してきました。

後もう1ヶ月彼女は、こちらに滞在しているのでできたらもう一度ぐらい会いたいものですが、なかなか思うようには、会えないと思います。同じ市内にいるのに私の場所と彼女の滞在する場所は、余りに違うのです。

縁があって、再会ができる私たち、次の私の里帰りの時には、彼女と旅行をしようねと約束をしました。
是非、実現したいものです。
[PR]
by gabbyna | 2010-05-31 12:25 | 友達 | Comments(2)

日本で会いましょう

この前も書いたけれど、急遽、里帰りが出来ることになった私、今は、飛行機の予約やら滞在場所を確保するのに知人に連絡を取り、やり取りが忙しい日々となっています。いろんな事情で実家に滞在が出来ないので滞在型マンションを探して、予約を入れたりするのを頼んでいるのです。

丁度、夏休みの時期で海外からも沢山の人が日本へ里帰りをするのをこちらに住むようになってから知ったのでした。子供がいる人は、夏休みの少しの期間を利用して子供を日本の学校へ入れて、日本を知る機会を与えたり、日本語のブラッシュアップを図るべく、学校に頼んで体験入学をさせてもらうわけです。

私の友達も特にアメリカに住んでいる友達は、夏休みを利用して毎年里帰りをして子供達を日本の学校へ入れたりしています。そんな友達と会わなくなって早??年がたっていたことに最近気づいた私。

実は、アメリカの友達は、私が今の主人と再婚をすることに凄く反対したものでした。なんで、ブラジル人なんかと・・・・とまぁ、アメリカで探せばいいのに~ぐらいのことを言われたものでした。今は、そう思いますが、(苦笑)あの頃は、余裕なんてなかったから、一直線に突っ走ってしまい、友達に呆れられてしまったと思っていました。

そんな日々が過ぎて、気づけば、私も余裕がやっと出来て、友達達のことを考えることが出来るようになり、久々にメールを入れてみれば、お互いに夏休みに会いたいね~という話になりました。
一人は、私よりも先に日本に着いていて、なんと、学年の卒業旅行の引率をしているそうでそれが終わり次第、実家の方に少し滞在するとの連絡がつきました。なので私がついた翌日に会おうということになっています。留学した彼女が今じゃ、逆にその国の生徒を日本へつれてくる役割をしているなんて・・・・。人生は、ホント、不思議なものです。

もう一人も連絡がつき、やはり日本で会いましょうということになりました。彼女も息子達を日本の学校に体験入学させるらしく、少々忙しいかもしれないけど、前出の友達よりは、長く日本に滞在するようですから、会う機会を作れるでしょう。

世界の何処に住んでいても今は、ネットで様子が解る、メールのやり取りが瞬時に出来るのは、本当にありがたいものです。が、実際に会えるということは、これまた格別ですよね。

このネット繋がりのお友達とも会えたらいいなぁと思っています。

やっぱり日本へ帰れるのは、嬉しいものです。今は、ワクワクとしていますが、浮かれて準備を怠らないようにしないとと気合を入れなおしている私です。
[PR]
by gabbyna | 2009-06-18 13:41 | 友達 | Comments(5)

弟分のこと

私には、姉妹もなければ、弟もいない、いるのは、兄だけであり、この兄とも疎遠な状態が続いているのです。

異性の兄弟は、大きくなると余り仲良くないもので同姓の姉妹がいる友達が何時も羨ましく感じたものでした。姉妹のいる友達など、結婚後も一緒に子育てなんかしているようだし、親のこととかも相談できるし、いろいろといい話を一杯聞かされて何時もうらやましいなぁと思っています。そして弟、弟ならもう少し仲良くやれるんじゃないか??などと甘い期待を抱いてきた私です。

最初の結婚で義理の妹が出来ました。同い年で趣味も結構似ていて、好きな音楽とか一緒だったりして嬉しかったものでした。しかし、離婚をしてから疎遠になっていたのですが、一昨年の里帰りの折に再会できてメールのアドレス中も交換できたので嬉しかったものです。息子達には、優しいオバサンの彼女に感謝をしています。義理の弟も出来ましたがこちらは、嫁さんが厳しく?!その後は、余り交友がなかったのでした。

その後、旦那と知り合った時に彼が一緒に住んでいた仕事仲間の男の子がいました。彼は、2重国籍者で小さい時に親と一緒に日本からブラジルへいったらしいのですが、親が離婚して、彼は、高校ぐらいの時にデカセギに日本へ戻ってきていたのでした。
知り合った当時、私は、ポルトガル語が話せなかったのですが、この彼がいたお陰で何とか、旦那と交際できたんじゃないかと思います。
弟分の彼は、この仲間で最年少でした。知り合った頃は、まだ10代の後半、若い若い彼でした。何時も一緒の彼とダンナ達、皆であちこち遊びに行ったものでした。で、旦那がサッカーへ行ってしまっていない時とか、飲みに出かけていない時とか、けんかをした時とか、何時も彼が変わりに??遊び相手になってくれて、何処へも一緒に出かけていったものでした。
車が好きで私の車に乗るととても嬉しそうにしていました。その後運転を覚えてからは、彼に運転をさせたりしていました。細くて本当に少年の面影を残している彼を見ていると弟って言う存在は、こんなものかもしれないなぁと思いました。

その後、旦那と結婚するまで彼は、旦那と同居して住んでいたのですが、何時も私の悩み事やら旦那に関しての相談などを彼にしていたのでいい迷惑だったんじゃないかと思います。

恋人時代は、なんやらかんやらと今思うとろくでもないことで喧嘩をしていた私達。
一度だけ、旦那と恋人時代に大喧嘩をして、彼が出て行ってしまって、その後私は、家に残っていた弟分と2人きりになっていた時がありました。彼は、ずっと手を握っていてくれたと思いますが、その後抱き寄せ、ぎゅっと抱きしめてくれたことがありました。それ以上の行動には、出なかった彼。ただただ、抱きしめていてくれて私は、安心したことを覚えています。

そのお陰で私達は、今でも姉と弟のような関係を保っています。時々国際電話をかけて聞く彼の声。日本へ里帰り帰りした折には、最後の最後に会いにきてくれた彼。
私の言葉が進歩したことに驚いていた彼、新しい彼女をつれてきてくれた彼。私は、彼の歴代の彼女を知っているのです。細くて華奢だった10代の終わりからサーフィンを始めて体格もぐっとよくなり、日焼けしてかっこよくなった彼。そんな弟分も30歳になろうとしています。

時々、声を聞いて安心したくなる、彼は、本当の弟分なのです。
このJorge verciloの声は、弟分と似ているかなぁ。。。好きな歌手です。


現在の義理の姉妹と弟は、これまた仲が悪くて、遠くはなれているで助かっています。
現実は、なかなか、なさぬ仲でしかありえないのでしょう。
[PR]
by gabbyna | 2009-01-29 12:52 | 友達 | Comments(3)

本当の「Sister‘s ACT」のお話

このブログを読んでいてくれる方は、既に御存知であろう、多分、時々このブログに書いている私の長年の友達であり、カトリックの洗礼の代母であるシスターPは、現在ベルギーの修道院に住んでいます。

彼女は、フランスに本部のある修道院(私たちの母校の母体だったのですが、現在は、他の修道会に運営が代わってしまってます。)のシスターなのですが、本部の意向で現在は、ベルギーに派遣されています。この修道院は、教育を使命としてきて、海外で子女の教育に当たってきています。なので私もこの修道会の学校に通っていたわけです。
今は、修道院もWEB Siteを持っているんですよね、こちらで彼女の修道院が紹介されています。あ、フランス語なんですけど、まぁナントカ映像でわかりますよね。このサイトのAutres monastèresのところをクリックすると他の修道院が紹介されていて、その中にPéruwelz, Belgiumが彼女の現在のいる修道院です。実は、ここは、2010年に修道院が閉鎖されるのだそうです。

修道院というのは、その会独自の方向性があり、それに沿って生活をしていきます。そして修道女(修道士)などになるには、誓いを立てます。それを何年かごとに確認をして修道院で過ごせるか?を確認しながら生きていくのです。厳しいものがやはりあります。
カトリックでは、神父さまは、結婚できません。修道士も修道女も結婚しません。それは、キリストに倣って生きるということ。現代では、可笑しいと思われる方も多いでしょうが、カトリックの中では、きっちりとした核があるのでそれは、守られるべきものだと思います。
しかし、やはり現代では、修道士などになる人が減っているのようで運営が出来なくなっていく修道院は、閉鎖されるようになるんだそうです。

現在、たったの3~4人の共同体なのですが、ベルギーの修道会も学校を経営していて、その学校祭で「Sister`sAct(天使にラブソングを)」の中の曲を合唱部が本物のシスターの服を借りて舞台に立て歌ったのが凄く受けたようでそれを聞きつけた??本物の劇団がシスターの服を貸してくれということになってまた貸したのだそうです。で、我が友達は、被服係なので丈を直したり、大きさをあわせたりと奔走したのでした。日本だと貸したりしないよね~と彼女は、手紙で書いておりました。
天使にラブ・ソングを…
ウーピー・ゴールドバーグ / / ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント
ISBN : B000BKDRB8
スコア選択: ※※※※  何度見てもやっぱりいい映画ですね。2も好きです。

さて、私と彼女は、次は、何時会えるのでしょう??彼女に会いに修道院へ行くことも日本なら出来るのですが、流石にベルギーとなるといけません。近くの方、代わりに行って見てくれないかしら??(笑) 私たちの手紙の往復は、今後も続きそうです。
[PR]
by gabbyna | 2008-07-22 13:06 | 友達 | Comments(4)

旅する友達

私の友達にシスターがいることは、時々このブログでも書いてきているのでご存知の方も多いと思うのだけれど、シスター(修道女)というと、皆さんが思うのは、どんなイメージなのかしら?

修道会には、大きく分類すると活動修道会と観想修道会の2つがあります。この活動する修道会で有名なのは、学校などを経営する修道会、本とかを販売しながら布教をする修道会などがあります。
それと反対に外部との接触を極力絶って、修道院の中で祈りと働きの生活をするのが観想修道会です。私の友達の一人は、こちらに入っています。知らなかったのですが、何年かに一度は、実家に戻ったりする休暇みたいのがあるそうです。

私の友達Cは、この中間の修道会に属しています。実は、観想修道会なのに活動修道会でもある、不思議な修道会に属しています。実は、この修道会は、私の高校の母体なんです。
フランス系の修道会でなんでそうなってしまったかというと、フランスの宗教改革とかが絡んでいて、それは、歴史的なお話になります。そこは、少々割愛しまして、現在、お仕事は、学校経営などをして、半分は、お祈りをして暮らす生活もしているのです。

私の友達Cから、新年早々現在ベルギーの修道院にいるという手紙が届きました。
f0061977_10392463.jpg

彼女は、日本で修道女になったのですが、その後フランスの本部に行き、また日本へ戻り、その後私がブラジルへ移ると前後して彼女もフランスへまた渡っていきました。
一応、住む場所が決まっている修道女なのですが、本部、支部などがあるのであちらこちらと旅をしているような部分がある生活をしています。

彼女は、私の同級生であり、一緒にカトリックの勉強をした仲間でもあり、その後洗礼を受ける私の代母にもなってくれました。なので彼女がシスターになっていった過程も見ていたし、まさか、フランスに住むようになり、フランス語を話すようになるとは、思っていませんでした。
彼女は、大の語学オンチだったもので英語の授業ですら根をあげていたのを覚えてます。

フランスへ渡ってからは、小学生と一緒のクラスでフランス語を勉強したそうです。彼女がこちらへ来たシスター方と一緒に話をしているのを聞いて私は、大いに不思議に思ったものです。
そして彼女の努力をしみじみと感じたものでした。

世界の何処にいても私を心配して、祈っていてくれる友達がいるというのは、うれしいものです。
フランスやベルギー近くに在住している方々、心が少し弱くなったりした時にちょっと私の友達のいる修道院をたずねて見るといいですよ。心が癒されます。私も是非行ってみたいです。

すぐに返事を出しました、私の返事がベルギーに届くのは、多分2週間後でしょう。アナログなモードですが、手紙をこうやって受け取るのは、何時も嬉しいものです。
[PR]
by gabbyna | 2008-01-11 10:42 | 友達 | Trackback | Comments(4)

いろんな思うこと、あれこれと。。。。。


by gabbyna
プロフィールを見る
画像一覧