寒い冬 寒い朝に

今年の冬は、寒い気がします。去年よりも寒いと思います。
各地で大雪が降ったり、最近では、強い風が吹いたりしていますね。それに加えて寒い、私のところでも雪が舞ったりしていました。

この寒い月に入ったとたんに我が母が亡くなりました。冬の寒い日の朝、母は、眠るように亡くなりました。
本当にあっけなく逝ってしまいました。そこから今日までなんと時間の経つのが遅かったことか、水の中を歩いているようだと言いますが、
まさにそんな感じでした。去年の11月の中旬に一度厳しい状態になっていたので覚悟は、一旦できていたはずなのですが、その後少し回復して、施設に戻って小康状態だったので母の誕生日の春まで何とか生きていてくれるかなァと期待をしていました。
しかし、我が儘な父の勝手な思いこみで勝手に施設から在宅型の戻すと言い出したので大喧嘩をしたら、父が家を出ていき、老人が多いアパートに引っ越していきました。
そこへ母を連れていくという形を取ったのです。施設に乗り込んで行ったり、ケアマネさんを呼びつけたり、もう大変でした。後で解ったのですが、アパートには、勝手に連れていき契約違反と怒られた始末でした。
私は、息子の父親の病気の件で忙しかったので本当に父が強引にそれをやると思っていたなかったので実行された時には、頭に来ましたが、なんと連れてきて3日目に母は、すぅーと亡くなりました。まるで父のやり方が嫌だよと言わんばかりに。最後の最後の母の抵抗だったのかなと思いました。最後に見た母の顔は、穏やかで寝ているような感じでした。

病気になって7年でした。あちらの国へ行って私がやっと戻ってこれた時に母は、「遅かったじゃないの」と泣きました。それが母が泣いたのを見た最後になったと思います。その後母は、病気を発症してどんどんあちらの世界の人になっていきました。日本へ時々しか帰れないので母の記憶の中には、私は、存在していなくなりました。もし、私が日本にいたら、もう少し近くに入れたら違ったかなと後悔が残ります。
11月からの2か月間は、最後の親孝行をさせてもらっていた時間だったのかもしれません。入院していた時は、見舞いに行き、そっと話しかけたり出来ました。

私が小学2年の時に父側の祖父が亡くなりました。初めての死というものに出会った私は、母に聞いたことがありました。「人は、なんで死ぬのかなァ?」と。そしたら母が、一言「そんなこと、考えていたら生きていけないよ。」と答えたのでした。

日々は、過ぎていきます。今やっと少し言葉にして母の事を書けるかなと思って書きました。


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Commented by cocomerita at 2017-02-28 17:23
ciao gabbynaさん
お母様のご逝去 心からお悔やみ申し上げます

死は誰にでも平等に訪れる 、昨日偶然耳にした言葉ですが、
確かにそうなんですが、それでも大事な人を肉体的に失うことの悲しさはそう簡単に理屈詰めで納得できません
私は、15年前に母を亡くしましたが gabbynaさんのお母様と同じく、異国に旅立って行った娘を何も言わず送り出してくれた母です。
母の寂しさがわかっているだけになおさら有り難かったと、親の愛情の深さを身に染みて感じたものです
親は不死身だと思っていたので 、死んでしまうものと知っていたらイタリアなどに行かなかったと後悔もしたものです。
未だに母のおにぎりや 母と一緒に語り明かした夜が恋しくなります
まだしばらくお寂しい日々が続くと思いますが、日本を、母を後にした私たちを見送ってくれた彼女たち
あっち側での彼女たちの幸せな日々を祈って 今度は私たちが笑顔で送り出す番なのでしょう
いずれにせよ、遅かれ早かれ また会えるのですから、

お母様のおっしゃったように
そんなこと考えてたら生きていけないよ。 なのでしょう
お母様のあっちの世界でのお幸せ 心よりお祈りしています。
gabbynaさん ご自愛くださいますよう、、

Commented by gabbyna at 2017-02-28 22:52
Cocomeritaさん
メッセージありがとうございます。言葉が見に染みます。
ほんと、何時かまた会える時に胸を張れるように生きていきたいと思います。ありがとうございました。
by gabbyna | 2017-02-24 23:10 | Comments(2)

いろんな思うこと、あれこれと。。。。。


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