祈りの日々を慕う気持ち

前から話していますが、私の親友2人も、シスター、修道女という人生を選んで生きています。
彼女達がそういう人生を選んだことに私は、納得していますが、傍から見るとこういう生き方は、「謎」のようですね。今の時代に修道生活を送るのは、非常に大変なことかもしれません。

カトリックのシスターの生活は、会によって違います。まず、修道会も大別すると2種類に分かれます。
私は、友達が一人は、観想修道会、もう一人は、行動修道会に入っているので違いが凄くわかります。

観想修道会と行動修道会です。観想修道会は、実社会(俗社会)との接触を制限しており、実社会との人たちとの触れ合う機会は、極端にすくなく、所謂、その会の中で生活をしています。
観想修道会の有名なところは、皆さんもご存知のトラピスチヌ修道院、これは、北海道とか、大分にまであるので有名ですね。私の友人は、那須のここへ入っています。私が彼女と合えたのは、会に入るまで、入った後は、手紙を一通もらっただけです。
中に住んでいる人たちは、共同生活をしているので必要なものは、会の中でなるべくまかなうわけです。なので祈りの時間を守りながら、畑仕事をしたり、服を作ったりと生活をしています。
この観想修道会は、ある意味、檻の中に住んでいるようなものであまり話をしません、が、一日にレジャーの時間というのがあり、その時は、皆集まって凄い勢いでわいわいと話をします、その賑やかさは、凄いものです。その時間以外は、沈黙が基本です。毎日の日課は、祈りの時間によって区切られます。早寝、早起きが基本ですね。

行動修道会は、ご存知のように教育をしている会が多いです。私が卒業した高校もミッション、こういう修道会が経営している学校でした。そして私の親友は、母校の修道会に入りました。
実際に事業を経営していると週日は、その仕事に追われ、祈りの時間が少なくなります。その分をシスター達が交代しながら、守っていくわけです。もちろん、基本は、祈り働け!なのです。
行動修道会で有名なのは、マザーテレサの起こした「神の愛の宣教師者達の会」などです。

こんな私も一時期、真剣に修道会に入りたいなぁと思ったことあります。当時は、女子パウロ会の黙想会などにも参加して実際の修道院の中で生活をしたりしたものです。中に入っていると本当に外の世界に戻るのが嫌になったものでした。沈黙と祈り、これだけでいいなぁと思える静寂が本当に気持ちよかったものでした。

意外なことに観想修道会には、現実社会などでは、凄くにぎやかな人のほうが入会します。私の観想修道会に入った友達は、歌も上手く、朗らかで凄く社交的な人でした。容姿も悪くないし、普通に結婚だって出来た人たちでした。でも何をも超えて、神様を愛していたのでこういう道に入っていったのです。よく日本のドラマであるように世をはかなんでなったわけでもないのです。
入会した後は、誓願というものをたて、誓いをします。清貧、貞潔、従順という3つの近いです。
このあたりのことは、女子パウロ会のホームページで実際にシスターになった方々が書いていますから読まれるといいかと思います。

誓願というのは、年を区切ってやっていくのです、その時々に自分にしっかりと確認を迫るものです、それ故、修道女を辞めた人も知っています。それでもいいのです、そういう人も神様は、見捨てません。

私の親友は、今フランスに居ます、日本からまさか離れてフランスの本部修道会に行くとは考えていなかった彼女、でも上から命令がくるとそこへ行かなければなりません、この5月まで彼女は、ベルギーの修道会の閉鎖に立ち会っていました。ヨーロッパでは、やはり若い人の召命が少なくなっているので経営できない修道院は、閉鎖されるのです。その代わりに新しい土地で新たな人が入ってくるのです。
今は、修道会でもHPやブログがUPされているのですよ、こちら

私は、何時も彼女の祈りに支えられていると思っています、そしてそれらの祈りが無ければ、とても今までのことを乗り越えて来れなかったのではないか?!と思うのです。

またいつか時間が出来たら昔のように彼女と一緒に祈りの時間を持ちたいと思うこの頃です。
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by gabbyna | 2010-09-25 13:35 | カトリックのつぶやき

いろんな思うこと、あれこれと。。。。。


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